給食&食事のキュークロス

給食&食事のキュークロスでは給食や食事に関することで社会に貢献するボランティアチームで運営しています。

2018年05月

給食のマナー

給食2

社会生活にマナーがあるように、給食にもマナーが存在します。
給食のマナーについては、各自治体や学校が主体となって指導しています。
食文化の題材としているところもあるようです。
「食育の観点を踏まえた学校給食と望ましい食習慣の形成」を目的としている学校給食もあります。
これらの給食の目的の策定には以下のような手順を踏みます。

給食の目的やマナーを考える



・教師が児童の日ごろの実態より題材を設定した。

・給食アンケートを実施する。(実態の把握、意識付け)

・教師と計画委員会で、題材名、話合いのめあて、柱などを考えて原案に書く。
役割分担をする。(司会、進行、黒板記録、ノート記録など)

「食べ残されたえびになみだ」
食べ物の大切さに気付き「いただきます」「ごちそうさま」について考えさせる。 

・原案に自分の考えを前もって書き込ませる。

・ペアで聞き合うことで、学級会ノートに書いた自分の意見を確認したり書き加えたりさせる。

・話合い活動の準備と打合せをさせる。

上記のように手順を踏み、道徳の授業などで話し合います。
そして、給食のマナーについてより深い理解を子供たちは得ることになります。

食事のマナーは大切なことなので、家庭だけの指導ではなく、
学校給食を通しても学びます。


給食とテーブルクロス

給食とテーブルクロスについてですが、テーブルクロスというものは
テーブルに敷き、テーブルのきずや汚れを防ぐために使い、
その歴史は古く、中世より利用されています。
給食のマナーを守る、考えると同時にテーブルクロスを使うことにより
食事のマナーを学び、社会性を身に付けるには、
給食のマナーとテーブルクロスは深い関係があると考えられることでしょう。

テーブルクロスの例



テーブルクロスの例

テーブルクロスの例2(テーブルに敷いた全体的なテーブルクロスのイメージ)






写真の提供ありがとうございました。
引用1:テーブルクロス
引用2:給食

給食の歴史

給食

明治22年(1889年)、山形県鶴岡町(現鶴岡市)の私立忠愛小学校
日本で初めて給食を提供したと言われています。

当時、貧しい家が多く現代のようにお弁当を作れる余裕のある家庭は少なく
子供たちは飢えていました。
現代は、共働き世帯が多く、お弁当を作る時間が無い人が多く
その為、給食が必要ともされています。

給食が必要な理由は時代によって変わります。
昔は貧困が問題で現代は時間の問題と言えるでしょう。

私立忠愛小学校


山形県鶴岡町(現鶴岡市)の私立忠愛小学校を建てたお坊さんが、
おにぎり・焼き魚・漬け物といった昼食を出していました。みんな、大喜びで食べたそうです。 
この小学校には、「給食が始まった学校です。」という記念碑が建てられています。
そしてだんだんと日本中に給食が広まっていき
今日では、給食のない地域はないと思われるほど広く普及しました。

海外の給食


海外でも給食は取り入れ始められています。
貧しい国ではかつての日本のように、子供たちはご飯を食べられない状況にあります。
そんな地域では給食の提供が必要不可欠となっているのです。

給食は食文化とともに非常に大切なものとなっています。



その他

給食について
給食のマナーとテーブルクロス


給食とは

給食

給食(きゅうしょく)とは、特定多数人に対して専門の施設を用いて組織的・継続的に食事を提供するもの。また、喫食者側からは「給食」とはその継続的に提供される食事のことを指すことになる。

一般には、学校等(小学校、中学校、幼稚園など)、福祉施設(保育所、児童養護施設、老人ホームなど)、工場あるいは病院、寄宿舎、軍隊、刑務所などで一定の特定多数人のために食事を供すること、あるいはその食事そのものである。一般の飲食店のように不特定多数に食事を提供するものは「給食」ではないとされる。

給食は一般に、調理作業の能率化、調理場施設における衛生管理や栄養管理が行われている。その反面、集団給食では献立を自由に選択することが難しくなるといった欠点もあり、嗜好調査などの調査が実施されることがある。また、現在ではカフェテリア方式なども普及している。

「給食」という言葉の語源は、古代日本の律令制における高等教育・官人育成を目的とした大学寮の設置に遡る。大学寮の学生は直曹と呼ばれる学舎兼学生寮に住むこととなっており、大学寮から学生に対して給付した食事を給食と称した。

日本での給食(食事の提供)としては、歴史的には平城京での宮廷人に対するもの、東大寺大仏殿建立の際の人夫への給食、鎌倉時代の僧院におけるもの(道元『典座教訓』『赴粥飯法』)、江戸時代の小石川養生所での貧困患者に対して行われたものなどについて記録がある。ただ、組織的に行われた給食は明治時代の紡績工場や軍隊での給食からであるといわれ、1872年(明治5年)に官営富岡製糸場において給食が導入された。

学校給食、病院給食、事業所給食それぞれの歴史については各節を参照。

日本における学校給食

日本では1889年(明治22年)に山形県の学校で学校給食が導入されて各地に普及したが、戦争の影響で中断し、1947年(昭和22年)1月に再開された。

それぞれの自治体の方針によってやや事情は異なるが、基本的に下は幼稚園から小学校を経て、中学校までが一般的で、ほかに定時制(主に夜間)高等学校で給食が提供されている。特別支援学校では幼稚部、小学部、中学部のみならず、高等学校にあたる高等部まで給食が提供されており、また、高等部を単独で設置する高等支援学校でも給食が実施されている。近年、一部全日制高等学校においても給食が開始されはじめている(ただし、全日制高等学校などでの給食は学校給食法上の「学校給食」ではない)。

参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%A6%E9%A3%9F


給食


小・中学校,工場,病院などで児童,生徒,従業員,患者などに食事を供すること,また,その食事をいう。同一条件下の人間集団にたいして同一内容の食事を有償または無償で,その全員に提供するもので,工員を対象とする工場給食は大正期後半に製糸工場ではじめて行われ,入院患者にたいする病院給食は第2次大戦後に行われるようになった。給食の語自体は第2次大戦後一般的に使われるようになったものだが,実質的には古くから存在したはずである。

給食2


二つのサイトから、給食についての説明を引用させていただきましたが
給食というのは、学校だけではなく、工場、病院、福祉施設などさまざまな場所で提供されています。
勿論、海外でも給食は活発に提供されています。

その他

給食の歴史
給食のマナーとテーブルクロス


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